「僕は,大学4年間で本当に多くのものを手に入れてきた.高校のころにあこがれていた恋愛や友情,遊ぶことに関しては本当に恵まれていたと思う.会長なんていう似合わない役もやった.毎日が忙しかったさ.でも心地が良かった.でもね,そうやって遊んでいるうちに,またもとのように過ごしてみたくなっちゃったんだ.わがままだけどね,ほんとそう思う.」
と,その男はきまりが悪そうにうつむきながら言った.
「でも,これからはまた,うまくやっていけそうな気がするんだ.うまくやっていけるっていうのは…その…上手には言えないんだけど…生きていけるって感じかな.たとえ,この先歩む道が1人であろうとも,誰とも話すことができなくとも,きっと良い一生を送れる気がするんだ.」
「だから僕はお礼を言いたいんだ.今まで出会ってきた人の中で,幸運にも出会わない方がよかった出会いなんて1つもなかった.1つ1つが大切な出会いだった.だから本当に今までありがとうってね.もう会えなくなるわけじゃないんだけど.」
男は笑いながら寂しそうにこう続ける.
「でも,僕たちはいつ僕たちじゃなくなるかもわからないから.今日伝えられなかったことは二度と伝えられなくなるかもしれない.中には焦っているやつもいるからさ.悪いことじゃないと思うんだ.当たって砕けた方がマシだっていうこともあるかもしれない.ただ,僕がちょっと悲しくなるだけさ.」
男はおもむろにこちらを向いた.
「だから,ありがとう.君にも会えて本当に良かった.」
彼は手を差し延べてくる.私はその手を強く握った.もうだいぶ冷たい.男は微笑みながら言う.
「最後に…1つだけ約束してもらってもいいかい?」
私は頷く.
「毎年ここにフランスパンを買ってきてくれないかな.僕はあのパンが大好きでね.またあの香りと,食感を味わいたいと思うんだ.だからお願いだ.よろしく頼むね.」
彼はそういうとゆっくりと目を瞑った.彼は旅立っていった.死んだわけではない.ほんの少し,みんなと違う場所に行ってしまった.それだけだ.