2016年10月19日水曜日

大学万歳!

「迎合、妥協、同調、中庸、虚勢、放棄。此れ、円満でスタイリッシュなイケイケ大学生活の鉄則である」

まだ授業30分前だが、最初は早めに入っておいたほうが無難。そう、無難無難無難。髪はトイレでセットしなおしたからきっと大丈夫。いや、やっぱりセットしなおそうか。いや、待て。さっきから何回トイレに行ってるんだ。もしも、このウロウロしてる様を、誰かに見られてたら、僕のあだ名は4年間「トイレ」になるかもしれん。足よ、止まれ。自信を持て。髪はきっと整っている。教室はすぐそこだ。いざ、入ろうじゃないか。よし。
震える腕を抑えながら、ドアを開ける。開けたら最後、僕はいよいよ大学生だ。姿勢を正し、軽い笑顔を含ませる。あくまで軽く。あまりにも卑屈に笑いすぎていると、下に見られてしまうから、軽く笑いを含ませ、気だるそうに席を探す。いる。そこには大学生がいた。男が6人、女が3人。ちと早すぎたかな。よく見て観察したいのだが、何故だかボンヤリして見えない。まぁいい。落ち着け。とりあえず女性の隣は避ける。クラスの中心風な男を探し、さりげなくその後ろにでも座っておく。お、あいつか。茶髪はクラスの中心風になる確率高めである。金髪は序盤で飛ばしすぎて、ドロップアウトの危険性を孕むために、程よい距離をとりつつ、敵にもまわさずソフトタッチ。なかなか難しいぜDAIGAKU!!さぁ、ここからだ。始まれ僕のオレンジデイズ!

いざ、茶髪に話しかける。
「チャンピオンズリーグ見た?最近見すぎて全然寝れなくてやばい笑」
海外サッカーは最強。大学1年男子全員これ見てる。見ていなかったとしても見てる。たとえそいつサッカーやったことなかったとしても見てる。案の定食いついてきた茶髪に、自己紹介を交えつつ、狂ったように笑う。狂ったように笑うやつも最強。茶髪のわけわからんサッカー講義なんぞ聞いていない。ひたすら狂ったように笑う。時々、メッシはやべぇ!けどイニエスタもっとやべぇ!と狂ったように叫ぶ。よし、いい調子。てかイニエスタって誰だ。あとでトイレでウィキペディア見直そう。
サッカーの話だけしてたら、というかサッカーの話しか話せる話が無いのだが、教授がのこのこ登場し、いよいよ授業が始まる。え、今日授業あんの?と、僕はピエロのようにキョロキョロし、周りのみんなから失笑を頂く。あんまり授業にやる気を見せると、ガリ勉だと馬鹿にされるから、これでよい。よいぞ。なかなかいいスタートダッシュだ。それにしても、ガリ勉はいくつになっても敬遠されるのか、つらいなぁ、とは言いつつも、あえてしっかりと筆箱を忘れてきているので、隣に座ってきた静岡出身、前髪くんに、シャーペン&消しゴムを貸していただく。前髪、サンキューな。ありがとうよりかは、サンキューの方がイケイケにきまる。サンキューな。みんなも一緒に、サンキューな。リピートアフタミー、サンキューな。
キョロキョロしてたら、あっという間に授業が終わっちゃってた。ここでためにためたため息を放つ。あぁ、まじだりぃ。うぅ、まじねみぃ。茶髪も前髪くんも、ため息ついて、僕にハーモニーしてくれる。なんとも心地よいではないか。そんなこんなで時計をチラリ。ぬぬ、次の授業に間に合うかしら。しかし、ここで1人立ち上がり、颯爽と教室を出るのはいけない。ダメ、ゼッタイ。たとえ準備が終わっていても、昨晩8時間しっかり寝ていて元気抜群だったとしても、ここはなんとかかんとか我慢。気だるそーーーうにゆっくりと立ち上がり、ニヤニヤしながらポロリと一言、メッシはやべぇ。ワンフォアオール!オールフォアワン!みんなでのっそりと動くべし。単独行動とるべからず。授業は二の次。茶髪はまだ片付けている途中なのだから。
「やべぇな」と茶髪。
「まじやべぇ」と僕。
何がやべぇんだかわからねぇが、とにかくやべぇんだから、とりあえずやべぇって言っといたほうがやべぇ。ようやく立ち上がった茶髪に、僕らはダンゴムシのように集団でくっついていく。いやはや、なかなか歩きにくい。けれどこれこそチームワークってもんだろう。大人らしい協調性を発揮し合う美しい姿なのだ。
足を引きずるようにして歩いている(さっき聞いたらケガではなかった)茶髪が、僕のほうを突然振り向いた。
「やばくね?」
もう聞き飽きたけど、ワンフォアオール、聞き返す。
「やべぇんじゃね?」
「てかねみぃわまじで」茶髪は本当に、寝ていないのかもしれない。なんだか心配になってきた。
「大丈夫か?寝てないのか?」
「え、何いきなり優しくね?こわくね?まじやべぇんだけど笑」
どうやらやべぇことしちまったよ。
「はっはっはっはっっはっっはっはっっはっははっはっは。」とりあえず狂ったように笑っときゃ大丈夫だろうか。あ、やっぱり大丈夫。狂ったように笑うやつ最強なんだよそうなんだよ。
狂ったように笑う軍団が、大きく横に広がって歩を進める。なるべく会話は全員で回す。二人きりはまだ危険。狭い階段も、なんとか1列に横に広がって歩き、ようやく辿り着いた次の教室で、前代未聞の大事件が起こった。
僕たちは13人組なのに、連なって空いている席の数は、何度教室を見回しても12席がマックスだった。僕たちは一心同体13人組である。13人で教室を何周も何周もまわったが、どうにもやはりダメである。誰かがどこかへ行かねばならぬ。とうとう諦めのついた13人組は、席に座らず、ひたすらヘラヘラし続ける時間に入った。ただただ立ちすくんでいる。13人で顔色を伺い合い、ニヤニヤヘラヘラ何も発せず何も動かず。僕はもう限界だった。
「俺、あっち行くよ」


僕は、涙をこらえながらその場を離れ、一つポツンと空いている席へ向かう。甘酸っぱいオレンジデイズは、やはり僕には夢のまた夢だったのかもしれない。準備も覚悟も足りていなかったのだ。僕は「大学生」になれなかった。
溢れる涙を拭い、前を見上げると、まだドロップアウトしていなかったのか、あの金髪が前に座っている。隣に座っている女の子も、どうやらさっき同じクラスにいた子である。まだ、終わっちゃいない!僕は呼吸を整え、ワンフォアオール、話しかける。
「チャンピオンズリーグ見た?笑」
金髪と女の子は振り向き、天使のように優しく笑っている。
「ごめん、誰だっけ?笑」
自分の心臓が凍る音が聞こえたが、なんとか一瞬で血を押しもどす。
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは。」
僕は狂ったように笑う。