2016年10月18日火曜日

息抜き3

いったいどこから乗ってきたのだろう。エレベーターが開くと、そこには優男が乗っていて、降りる気配はどうやらない。
「乗らないの?」
「あ、すいません」
奇妙な歩き方で私はエレベーターに乗り込む。どうしたことか、四角い空間のど真ん中に立ち止まってしまったので、なんとも手持ち無沙汰で落ち着かなかった。ドアが閉まると、二人はそれと同時に息を止めたかのように黙り込み、いつにも増して重力がのしかかる。重い。なんかしゃべれよ。ボタンの前に立つスーツの男は、馬鹿みたいに真剣な眼差しで、階数表示を眺めていやがる。そんなに今何階か気になるのか?
なんとか沈黙を耐えしのぎ、ようやく外に出ると、今度は雨が降っていて、私はちょっとまいってしまった。いや、ちょっとまいったような顔をしたのだ。実際、リュックの底をあされば、折り畳み傘が入っている。はず。
「傘持ってないの?」
「はい?」
「駅まで送ってあげようか?」
「はい?」
お母さんごめんなさい、私は嘘つきです。
優男は、今までどこに隠し持っていたのか、ビニール傘をサッと広げてこっちを見ると、いつものようにふにゃふにゃ笑って歩き出す。振り返ると、ビニール越しに映る、雨に濡れて支柱に絡まる塾の幟が妙に◯◯かった。

気がつくと、優男と正面に向かい合い、私は何故だかうどんを食べていた。
どうしてうどんを頼んだのか、心から理解に苦しむ。優男が何かしゃべっても、私はうどんをズーズーすすっているので、大抵「はい?」と聞き返した。なんか挑発しているみたいで、不気味な笑みが洩れそうになったが、なんとかこらえた。優男は、見た目のかわいい海鮮丼を頼み、色とりどりのお刺身を私にくれたが、一方うどんの女子高生は、まさか一本つまんで渡すわけにもいかず、ひたすら与えられたものを食べるばかりで、格好がつかずどうしようもない。
つけあわせの豚汁をありがたく飲んだ。豚汁がこんなにありがたい飲み物だとは思わなかった。
「俺にも頼む」と優男がお椀を突き出す。私はなんだか嬉しくなって、一味唐辛子をこれでもかと、向かいの豚汁にぶっかけた。真っ赤っ赤になった。なんだかんだ文句を言いながらも、豚汁をどんどん飲んでいく。汗が止まらない、とか言っておどけている。いかにも優男だった。

いつもは30分の帰り道が、今日は1分くらいだった。
「ただいまー」
「おかえり、遅かったね、塾?」
「うーん」
「ご飯あるから食べなね」
「はーい、あぁ、おなかへったぁ」
お母さんごめんなさい、私は嘘つき。きっと明日は勉強します。