2017年8月22日火曜日

伊達めがね

アシスタントアドバイザー清水



私の高校の同級生にMという女がいる。Mは伊達めがねをかけていた。体は細くて声がへにょへにょしていた。Mといえば、「姉がかわいいらしいぞ」というくらいのちょっと可哀想なキャラクターだったが、本人はそれを受け入れていて「姉貴に全部吸い取られたわ」などと笑い話にしていた。よってMはなかなか人気者だった。愛のあるいじりを男女問わずもらっていた。
一方、私は、世の中の出来事すべてが腹立たしくてしょうがないような年頃だったので、とにかく人気がなかった。誰一人話しかけてくれなかった。「話しかけないでオーラがちくちく刺さる」なんて言われるほど尖っていた。無論、そんな私はMが大嫌いだった。Mみたいなやつが一番嫌いだった。Mは伊達めがねをかけていた。だから私は嫌いだった。
しかし、人生は面白いもので、大学生になると私はMと仲良くなった。Mに愛のあるいじりを放る一人に、私はいつのまにか加わっていたのである。
ある休みに、私はMとTという男と、三人で旅行に出かけた。高校の頃を考えれば、誰がこんな状況を想像したことだろうか。Tという男は運転免許を持っていなく、またかなり図々しい男でもあったので、私が運転をしている間、後部座席でずっと寝ていた。Mが免許を持っていたのかどうかは知らなかったが、なんとなく誰もMに運転させようとは言わなかった。結果、私は旅の車中、助手席に座るMと延々しゃべるハメになった。とはいえ私はもうMに変な苛立ちも持っておらず、旅の開放感からか機嫌もすこぶる良かったので、二人きりの会話をそれほど苦にも感じなかった。
海沿いを走っていたときのことである。天気にも恵まれ上機嫌な私は、
「背景が素晴らしいからかな、若干いい女に見えるぞ。まぁ、これも俺の日ごろの行いが良いからだろう。Tは寝てるからこれを見れない。」
などと饒舌になっていた。しかし、Mは悲しそうな顔で、
「ほんときれい。」
と言うばかりであった。
「もともと悲しそうな顔をしてる奴が悲しそうな顔をするな。葬式みたいになる。楽しそうにしろ。運転手に気をつかわせるな。俺は運転をしているから、適当にしゃべっていい。お前はなんもしてねぇんだから全力で楽しそうに会話しろ。運転手に気を使わせるな。両手両足と口動かしてんだ。」
私はだいぶ機嫌が良い。
「ごめん、私なんもいいところないんだよね。」
Mは言った。
「知ってる。」とTが起きていれば言いたい所だったが、私は二人になるとあまりふざけられない性質なので、
「そうか?なんかあるんじゃねぇか?」
と至極真面目な真人間っぽい返答をするばかりである。
「何かやりたいこととか、好きなこととかないのか?」
「うーん、ほんとないんだよね。」
「なにかあるとおもうけどなぁ。」
「昔から得意なことが何もなかったよ。」
「ならこれからなにか見つかるんじゃないかなぁ。」
「何もできないよ。結婚して主婦になれれば大満足。」
「そうか。」
後部座席では、Tが私の苦労も知らず、足を伸ばしてぐぅぐぅ寝ている。私はしゃべることがなくなったので海に見とれているふりをして運転を続けた。車中に流れる軽妙なジャズは明らかにミスチョイスであった。

先日、Mが結婚した。
会社の優しそうな先輩と結婚したそうである。私の高校の同級生では最初の結婚である。Oという女が在学中に子供を産んでいたが、Oは男に逃げられ、結婚はしていないはずなので、やはりMが最初のゴールインになる。表参道での結婚式は、地味なMが派手な式場に若干負けてしまってはいたが、優しそうなだんなと、愛のあるいじりを放ってきた友達に囲まれて、Mはとても幸せそうだった。美人で有名な姉は噂どおりものすごく美人で、だんな側の友人席はその話題で持ちきりだった。がそんな姉も妹に結婚は先を越されてしまったことになる。Mが初めて勝ち組に見えた。

という話を私はTから聞いた。後部座席で寝ていたTは結婚式に呼ばれ、運転をしながら口も一生懸命動かした私は、二次会にも漏れた。
やはり私はMが気に食わない。