2017年1月11日水曜日

辻さんのハナシ




先日、辻さん、松本さんと食べ物の話をした。食べ物の話は、血液型やビートルズの話と並んで、私の大好きなトピックの一つでもあるから、これが大いに盛り上がった。
火を通す料理では、やはり、肉が強いということになり(これも今考えると、一概にそうともいいきれないぞ。誰か私と語り合おう。)、生モノ第一位を決めることになった。松本さんが出した「バンバンジー」という無謀な挑戦は、私と辻さんによって一瞬で却下され、成人を過ぎたアダルトな私たちは「アジ」という如何にも渋い答えに落ち着いた。が、議論はそう簡単には終わらない。
「口に入れた時、すっぱいものって、俺、やばいと思うんすよね。」
さすがは、辻さんである。彼も日頃から食べ物に対する疑念を抱き、そこへ深く、鋭い考察を加えているようなのだ。
「え、でも、俺、レモン食べるの好きだよ。」
私も負けじと食い下がるが、辻さんは一笑に付すのみである。
「いや、それは、レモンを食べてる自分が好きなんすよ。」
これは食べ物に限らず、人が好き嫌いを語る上での永遠のテーマではないだろうか。松本さんは、分かっているのかいないのか、うんうんとうなずくばかりで、先程から考え込んでいるようである。そうこうするうちに、テーマはビタミンCに変わる。清水さんが「健康」というサブトピックを持ち込み、議論はいよいよ深まってきたらしい。松本さんは、まだうなずいている。
「俺、イチゴも好き。」
「俺、イチゴそんなじゃないんすよ。」
「えー、これからの季節つまんないじゃん、そしたら。」
「てかフルーツ忘れてましたね。」
私は、ハッとした。さすがは、辻さんである。フルーツは間違いなく、生モノというグループのメインカテゴリであろう。
「梨!」
私も辻さんも同時に叫んだ。梨を忘れていた。そのことに気がついてしまったのだ。二人して梨を忘れていたということが、いかに愚かしいことであったかを隠すかのように、ああだこうだ慰め合う。ここへきてようやく松本さんも、口を大きく開けて、何か驚いているような様子であった。


五分後。
とんでもないことが起こった。これは事件である。2017年、波乱の幕開けとは、こんな感じを言うのだろう。
私たちは、呑気なことに、まだ梨の話をしていたのである。そして、辻さんである。松本さんではない。男は、私にこんなことを聞いてきたのだ。なにか当たり前の確認でもするかのような、ひどく落ち着いた具合である。
「あ、梨ってどっちですか?」
ぬぬ?予期せぬ質問に、私は、なんというか、そう、あたふたした。
「日本の梨ですか?俺、洋梨なんですよ。」
私は、頭が追いついていかなかった。何を言っているんだこの男は。私は、一応、私の思いを述べてみた。
「俺は、日本の梨だよ。シャキシャキしてるし、形が切りやすい。」
「いや、最近、洋梨食べてます?食べてないっすよね?めっちゃうまいっすよ。俺は洋梨なんすよ。ヨーロッパだと、洋梨ってすげぇ安くてどこでも手に入るんですよ。いや、最近の食ってないっすよね?マジで違うから。食べて。」
私は、嘘だ、と思った。この男は嘘をついている!オランダを背負いすぎている!なんだか哀れだ、とさえ思った。松本さんは、あいかわらず、へぇ〜、とうなずいているだけである。辻さんは止まらない。
「てか、冷やしトマト頼むやつだけは、マジで終わってる。意味が分からない。」
辻さんと同じ席では冷やしトマトを頼んではいけない。私は、胸のメモ帳に深く刻み込む。
「あと、アジフライは馬鹿。揚げるな。」
アジフライは馬鹿。揚げてはいけない。今日は覚えることが多い。
「サバは、塩焼き。」
サバは、塩焼き。塩をふって焼く。それしか、ない。
「えー、ほんとですか。味噌煮もおいしいですよ。」
見上げると、松本さんである。辻さんに歯向かうとは、だてに上背があるわけでもなさそうだ。
「いや、塩焼き。」
しかし、辻さんは一歩も引かない。私は先程から、うなずいているばかりである。