2016年11月3日木曜日

カレンダー



「先生、なんかプレゼント渡すとしたら何あげる?」
「あ?」
「だから、プレゼント。」
「彼女が誕生日なのか?」
「うん。」
「じゃ彼女に聞いて、その子が欲しいものをあげたら?」
「えぇ、それじゃつまんないじゃん。」





つまんない。
全くあっぱれな野郎である。見る目がない。聞く人を完全に間違えている。私はただの塾の先生である。そんな質問に面白可笑しく答えられるのなら、あんなに真面目に一生懸命勉強してまで、大学になんか入らなくてもいいのだ。そもそも私は、女性にプレゼントなど渡したことがないような、女々しい小心者である。サプライズだの言って、ひとり勝手に騒ぎ立て、注意散漫にコソコソ動き、暗くなると用意周到なしたり顔でもって、女性の目の前に指輪を出すやつなんてのは、私には大概狂っているとしか思われない。
いつだったか、一度、待ち合わせに早く着いてしまって、突然何を思ったか、コンビニでチロルチョコを一つだけ買ったことがある。冬の寒い日であった。しかし、やはり身の丈に合わぬことなんぞするもんじゃない。結局ビビリな私は、それをポッケの中に握っているだけで、どうしても取って出すことができず、家に帰った時にはポッケの中が溶けたチョコまみれになっていて、私はただ笑ってそのコートを捨てた。母には、もう着たくなくなった、と言った。
ゴディバのジュースを買いに行ったこともある。それも理由は待ち合わせにかなり早く着いてしまったからだ。(私は待ち合わせに早く着きすぎる。小心者は、時計を何より恐れている節がある。)あの日も寒かった。そしてあのお店は狂っていた。ふざけすぎている。私が入る隙間など、一寸たりともあるはずが無かった。だが、その日の私は、その狂った店よりも数倍狂っていたのだ。横浜駅西口の中央改札口、人通りの多い場所である。見れば何をやっているのか分からない変なやつばかり歩いている。無論、私もその一人である。私はウロウロしていた。ユニクロへ入ったり、シューマイを眺めたりしながら、不気味にうろつき、その明るい照明の店を偵察していた。ウロウロウロウロウロウロウロウロウロくらいした後で、ようやくどこからか勇気を得た私は、明るく光るそのお店の前に並ぶ、ヒールを履いたお姉様方の列に、ヌルっと飛び込んだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、必死決死の覚悟である。睨み殺すようにメニューを眺め、自分が出せる一番いい声で注文をした。私はもう大満足である。如何にも洒落た若者、いや、いい男であろう。しかし、それもそこまで。やはり、小心者は小心者である。することがなくなると、もうどうにも落ち着かない。得意のポケットに手を出し入れ出し入れ繰り返し、店、通り、店、通りとくるくるキョロキョロ見回すフィギュアスケーターは、いよいよ恥ずかしさに呑み込まれ、どうにもこうにもいたたまれなくなる。というか腹が痛かった。何をしているんだ私は?男が立ちすくむ場所ではない。頭の中で都道府県の県庁所在地を言いまくるゲームで、なんとか地獄の2分間を耐えた私は、店のお姉さんにストローを刺してもらうと、その妙に甘い飲み物を一気に飲み干し、容器を再びお姉さんに叩き返すやいなや、一目散にそこを逃げ出した。腹が痛くてしょうがなかった。ポルタかなんかでトイレをなんとか探し出し、事無きを得た私であったが、集合場所には手ぶらで遅刻という形になり、平謝りする結果となった。







「じゃ、カレンダーは?」
「えぇ、カレンダー?」
笑ったな?まぁ、いい。いや、よくないから言い訳をすれば、そこにカレンダーが置いてあったのだ。でなけりゃ、私は何も言うまい。
「もう12月だからいっぱい売ってて、俺もこの前プーさんのやつかわいくて買いそうになったよ。」








後日、男は嬉しそうに私に寄ってきた。
「先生、カレンダーあげたよ。」
私はひどく狼狽した。まさか本当にあげるとは考えていなかったのだ。この男を、私は全く信じていなかった。しかし、決して冷やかしではなかったのだ。疑って申し訳ない、誠心誠意答えるべきだった。
「喜んでくれたのか?」
私は心から質問をした。
「うん、あと財布もあげたよ。」
私はカラカラと笑った。