2016年11月13日日曜日

あら俺の街 吉祥寺



横須賀線上り列車は、品川を過ぎたあたりで、突然、真っ暗になり、この瞬間から学校の最寄り駅に着くまで、私は一切日の光を浴びず、地下をうねうねと進んでいくことになる。続く新橋、東京は地下ホームであり、私はここで東西線に乗り換える為、電車を降りる。
東京駅が新しくなって、もう何年経ったのだろうか。私は通学路としてこの駅を毎週使ってはいるものの、あのかっこいい東京駅の外観を見たのは、おそらく二、三回である。A few times. 地獄の底でも走っていたのではないかと思わせるほど、横須賀線のホームは地下深くにあり、その為に、私はエスカレーターを上りに上りまくるのだが、結局地上には出してもらえず、『東西線 大手町駅』と書かれた案内板に素直に従って歩いていくと、気づけばまた地下に潜っている。大手町から再び電車に乗り込むと、皇居の北を通って西へ西へとぐんぐん進み、都の西北、早稲田を目指す。とはいえ、私は座っているだけである。朝を何よりも忌み嫌う私であるから、大抵、学校は昼からであり、電車の座席もいつも比較的空いているのだ。

この日も無事に席を確保した私は、ルーティンのように、カバンから本を取り出し、肩をきゅっとすぼめて、ページを広げ、読書の態勢に入ったのだが、その本が難しかったせいか、集中できず、本の向こうに座っているカップルばかりが気になった。
私の正面に座る男は、何もしていなかった。その隣で眠る女に肩を提供し、流れる車窓を見つめたり(といっても地下鉄だが)、電光掲示板をときどき確認するなどして、ゆっくりとした時間を過ごしていた。女は男の左腕を掴み、自分のマフラーに顔を半分うずめて、本当に気持ち良さそうに眠っている。私はうらやましかった。女が美女だったとかそういう話ではない。その関係性に心を打たれたのだ。眠っていいし、眠られてもいい。まったく私は参ってしまった。

私は、人といる時に眠れない。が、これはこの話の本題ではないので、置いておく。
どうやら私は、眠らせてやることもできないらしいのだ。
アイスランドからの帰りの横須賀線。成田空港から私の家の最寄り駅までは、鈍行で二時間くらいかかるのだが、その時、横にいた女が面白かった。眠くて眠くて、うつらうつらしているのに、一向寝ないのである。私は、「寝ろよ。」と、その度に突っ込んでやらなくてはならなかった。結局、そいつは寝なかった。私は、変なやつだと思った。
また別の話だが、私に対して「かわいそうだから申し訳なくて、眠れない。」と言ったやつがいた。言葉も無い、こちらを完全にみくびっていやがる。そいつは、私のことを、起きている間はしゃべりたくてしょうがない人間とでも思っていたのだろうか。私は、この誤解にひどく苦しまされる。私は、話を聞いてほしくてたまらない、人間様大好きの人なつっこい犬みたいに思われているのだろうか。誓って言うが、私は、人に話を聞いてほしいなんて思ったことは、これまでたったの一度だって無い。断じて、決して無い。私が、ベラベラしゃべるのは、そこにある気まずい沈黙に耐えうるだけの頑強な精神を、私が、残念ながら、持ち合わせていないというだけのことであり、事実、私はそういった時、いつだって心の底で祈っているのだ、どうかお願いだから眠っていてくれと。
だからこそ、私は、このカップルに参ってしまった。美しい。君に幸あれ。Good luck!!

向かいに座る犬みたいな大学生が、感動に胸を震わせていることも露知らず、起きている彼氏の方は、『九段下』の文字が電光掲示板に光ったあたりから、ソワソワと落ち着かない様子であった。駅の名前と彼女の寝顔、そして自分のスマホを何度も見返すその反応から、向かいの犬は、「ひょっとしたら、降りたいのか?しかし、彼女があまりにも心地良さそうに寝ているから、起こせないでいるのか?」と、勝手な推測を立てた。九段下ということは武道館か?いや、単に乗り換えるだけかもしれない、いやいや、千鳥ヶ淵でボートもいいぞ、犬の妄想はどんどん膨らむ。その間に電車は九段下へ着いてしまったが、彼氏は結局、彼女を起こさなかった。私は、なんだかこの彼氏に妙に親近感が湧いてきた。いいやつだ。弱いやつだが、きっといいやつだ、こいつは!女、いいのを捕まえたな!私は満面の笑みである。
彼女がようやく起きたのは、中野で中央線に直通し、高円寺、阿佐ヶ谷ときて、なんと荻窪を少し過ぎた後のことである。昼間にここまで眠り惚ける彼女も彼女だが、メトロからJRに切り替わっても起こさなかった彼氏に、私はあっぱれと言いたい。が、やはり彼氏は失敗していた。起きたら、彼女は激怒したのだ。「馬鹿じゃないの?」と言っていた。「意味がわからない。」とも言っていた。武道館だか、ボートだか分からないが、彼女の怒り方から推測するに、かなり大事なイベントがあったのではないだろうか。彼氏はひたすら笑って謝り続け、次の西荻窪で二人はとうとう降りた。反対側のホームに歩きながら、プンプンしている彼女の顔と、ふにゃふにゃ笑う彼氏の顔が、変に対照的で面白かった。弱い人間は、本当によく笑う。



さて、この心温まるような、はたまた、ちょっと悲しくなるようなつまらぬ物語に、もう一人、哀れな男が乗り合わせていることを、みなさまお忘れではないだろうか。
そう、私である。
大手町でカップルを見つけてから、このような駄文を思いつき、こうなったら最後まで見届けてやろうと、一人、頭に妄想を浮かべながら、話は進まず、なかなか席も立てず、ようやく西荻窪で主役の二人を見送り届け、満足感に高揚しているこの男が降り立ったのは、なんとなんとで、吉祥寺。学校へは、余裕を持って遅刻である。

久々に車外へ出てくると、冬の太陽がやけに眩しく、風はひどく冷たかった。
吉祥寺は、地上駅である。














え、私?
おつかれさまです、清水優でーす。