2016年11月24日木曜日

宍戸の件



寒い。寒すぎる。布団から出たくない。毛布を手放すのが何よりつらい。
今朝、家を出て、太陽を見上げた時、正直具合が悪くなりそうだった。寒いのはもちろんだけど、それよりも、日が眩しすぎる。クラクラしちゃった。朝日ってのはどうも苦手だ。なんだか嘘くさい。あんなに立派にしていると、逆に嘘くさくて嫌になる。なんだあれは。いつも正面向いて堂々としやがって。恥ずかしくないのだろうか。人間くささがまったくない。まぁ、太陽だからそうなんだろうけど。もう少し、奥ゆかしさみたいな、遠慮というか、気遣いをしてほしい。でもその辺が、僕のダメなところなんだろう。僕の部屋が西向きで、姉貴の部屋が東向きなのも、きっとそういうことだ。僕は西日と生きてきた。暮れかけの、濁った色の、申し訳なさそうな西日だ。姉貴は朝日がよく似合う。背筋が伸びて、まっすぐで、強くて、正しい。そういうことだ。しょうがない、僕は西向きの部屋で育ったのだ。

さて、宍戸の件だが、ようやく事態の全貌がつかめてきたぞ。
11月24日木曜日。
宍戸の停学から六日が経った。あいつは、学校には来週から、練習には土曜から復帰する予定だ。土曜が待ちきれない。
秘密ということになっている停学の理由だが、やはり僕の予想通り、当初のおかしな噂とは、だいぶ話が違うようだ。
噂の段階では、宍戸がミスコン二位の吉永さんに告白し、フラれた腹いせに彼女を殴ったとかいう話だったが、真実は見事に逆で、愛の告白をしたのは二位の吉永さんのほうで、そうしてなんと宍戸はあの二位の吉永さんをフッたそうだ。(言い忘れていたかもしれないが、宍戸はオーランドブルーム似のハンサムである)そして、その場では、宍戸も二位の吉永さんも相手に乱暴するようなことは一切無く、現場は平穏であった。しかし、その後、テニス部の矢野とかいう男が、吉永さんをからかい、それに怒った宍戸が、矢野をボコボコにし停学、殴られた腹いせに矢野がおかしな噂を流した、なんていう話に今はなっている。が、これもどうだか。宍戸はガンジーを誰よりもリスペクトしている男だ。(確か去年のハロウィーンはガンジーコスプレだった)そんな宍戸が、人を殴るとは到底考えづらい。それに僕が言うのも変な話だが、宍戸は、あのテニス部の矢野とかいうへんちくりんに、本気で腹を立てるほどの小物じゃない。むしろ、笑い話に変えてやろうと、ムキになってふざけ倒す男だ。あいつは、拳に頼るほど、弱い人間じゃない。まぁ、宍戸が帰ってくれば、すべてわかるし、あと少し待つとしよう。一度、あいつにメールをしてみたら、
「良い季節に停学になった。紅葉前線と一緒に北上しちゃおうかな。」とかふざけるだけで、まともな会話はできなかった。

それにしても、宍戸がいない学校は、なんだか静かで物足りない。気がついてみたら、僕はこれまでずっとあいつと同じ学校でやってきたわけで、あいつのいない学園生活は、本当に初めてのことなのだ。そうすると、今度は大学が心配でしょうがない。宍戸は僕より良い大学に行くだろうし、それになにしろ、僕は文系であいつは理系だ。あんなに本ばっか読んでいるのに、どうして理系なのか、本当に不思議なやつだ。
しかし、橋野さんの反応は面白い。僕が、あの矢野の噂について、とんでもないデマだとか、矢野はひがんでいるだけだとか、散々愚痴を言っていたとき、橋野さんも、
「確かに。宍戸くんはそんなことしないよね!何か別の理由があると思うよ。私たちには想像もつかないような意味分からないことしちゃって停学になったんだよ!」などと言って、目を光らせていたが、あいかわらず、橋野さんは宍戸本人とは話したことはないし、クラスがかぶったことさえない。それなのに、
「宍戸くんがいないと、なんかつまんないねぇ。」なんて言い出すのだから、僕にはそれがおかしくってたまらない。
「なんかカメラ買ってもらって、紅葉の写真を撮りに走り回ってるらしいよ。」
「へぇー、あいかわらず、風流だね。」
『あいかわらず』なんて言っているのだ。橋野さんもなかなか面白い人である。
「けど、月曜日が楽しみだね。早く戻って来ないかなぁ。」
「俺は土曜日に会えるけどねー。」
「あ、ずるいぞ。」


まずいな。
今、自分で書いていて気づいてしまったのだが、橋野さんはひょっとして、、
いや、それは書くまい。決して書くわけにはいかない。ダメだ。忘れよう。

12月が近い。
どうかクラス委員が席替えを忘れてしまうことを願う。
僕はダメだ。
なんだか、最近、きたない。