男が呆然と立っている。不審である。
なぜ通らないのかと、聞きたい。聞きたかったが、不審すぎて聞けない。
雨が彼を濡らしても、雪が彼に積もっても彼はそこから動かないのである。
ただそこにたっている。
普段の私なら気にせず、通り過ぎてしまうのだろうが、今日はやけにヒマがあったので、気になってしまった。いや、彼がそうさせたのかもしれない。
私は彼を観察してみることにした。
男は青いスウツを着ている、金持ちでも貧乏でもなさそうだ。
いたって普通である。
しかしそれが問題なのだ。普通の男がなぜ呆然と立ち尽くしている、普通なら通るのだ、歩みを止めずに進むのである。
普通の男が普通の事をしない、それがよっぽど不審なのである。
私は懸命な観察によって、ある発見をした。どうやら彼の家が、彼の見つめる先にあるようである。
しかし彼はそのトンネルの前に突っ立ったままなのだ。
どうした。どうしてそこを通らない。
気になって仕方がなくなってしまった。
日もすっかり落ちてしまった。
もういよいよ嫌気がさしてしまった。もはや嫌いになりそうである。面倒なやつめ、もう我慢できん、聞いてやる。そう私は決心した。
「何しているんですか」
「あちら側に行きたいのですが」
「どうしてですか」
「家があるのです」
それみろ、私の観察は正しかった。私は安堵しつつ、更に追及してやることにした。
「なぜ通らないんですか」
「通れないんです」
「通れるじゃないですか、ほら!」
私は、堂々とそのトンネルを通りながら言ってやった。馬鹿なやつである、と思っていた。
彼は恥ずかしそうな顔をしながら、そっと指をさした。
それを見て私も納得したのである。
”高さ1.85mまで”
男の名は松本。
背丈はゆうに3メートルを超えている。