2017年3月12日日曜日

マスカラまつげ



午前10時。もう少し寝ているつもりだった。できれば昼過ぎぐらいまで、眠ってしまいたいと思っていた。けれど、ダメみたいだ。目を閉じてゴロゴロしているのは、何よりもつらいから、起きる。起きて、さくさく支度をしよう。準備をしよう。最後の最後の負け戦。負けるために準備するのだ。完全無欠の私で挑んで、見事玉砕打ち遂げよう。時間はまだたっぷりある。たっぷり。残念なくらいにたっぷり、私には時間がある。
集合時間は、そのまま2人の関係をあらわしている。残酷なほどにわかりやすい距離の離れ方に、こちらが気づいていないと思っているのだろうか。今日は、夜の8時だ。7時ではない、8時。ご飯を食べるのも嫌らしい。とうとう三食分の一食すらとれなくなった。今の私は、三分のゼロの女。綺麗に、流れるように、一歩一歩、三分の一ずつ失っていった。休みがどんどん休みになった。朝の6時に集合して、まだ開いていないご飯屋さんをウロウロめぐったことも、今となっては笑い話にしか聞こえない。
おしゃれは下着から。本気を、私の精一杯の本気を見せてやろう。日の目を浴びることのない派手な色は、なにか余計に悲しみを帯びて見えるが、もう、いいんだ。これは期待では決してない。もしかしたら、はもう捨てた。後悔させてやろう。土下座されたって、私は動かない。いい女なんだ。いい女。一生後悔させてやろう。服。服はこう、いつものかわいい系じゃなくて、こう、なんていうんだろ、エレガントっていうか、上品みたいな、女優さんがトロフィーもらう時に着るような、いや、あれはドレスか、そうじゃなくて、綺麗なんだけど、質素で、というか女性らしい、まぁわからないけど、いい女が着てそうな、そういう、服で。前に一回着たときは、恥ずかしくて着られないと思ったけど、今はだいぶ大人になったし、意外と、イケてるかもしれない。髪もずいぶん伸びた。

メイクは何回やり直したんだろう。やり直せばやり直すほど、ブスになっていく気がする。もう、ここら辺が潮時か。髪も巻きすぎて、変なにおいがするし。さぁ、いよいよ行きましょうか。こんなときでも胸はドキドキするものらしい。高揚感、ならぬ、低揚感。入学式、成人式、卒業式、入社式、結婚式、とはいかず、再び謎の卒業式。あと何回こんな日が来るのかしら。そして玄関の鏡に映るこの女は、いったい誰だ。暗くなってから、家を出るのは、なんだか本当にダメな女をしょってる感じでつらい。寒い。重い。暗い。スティレットヒール、足がいてぇ。