2017年12月25日月曜日

赤い鯨とエルフの峡谷



メリークリスマス、ミスターローレンス!!

イヤホンをつけ、音楽とともに目を閉じると何か安心感に包まれるタイプの人間です。
常にイヤホンをつけて生活しています。
最近左耳から人がざわめいているのが聞こえます。壊れました。
壊れたんですけど結構気に入っているイヤホンなので、そのままだらだら使っていました。まさか片耳だけ入れておくわけにもいかないので、両耳きっちり装備して過ごしていたのですが、ある日のことでした。突如左耳のイヤホンが、ポチッとスイッチオンしたみたいな音がして、その直後、
「メリークリスマス!ミスターローレンス!!」僕は右によろけました。
何が起こったのか全くわからず、ただ呆然としていました。
よろけた僕を嘲笑する声だけが聞こえてくるおかしな状況。
「メリークリスマス!ミスターローレンス!!」
この叫び言葉だけが僕の耳に残って頭の中をぐるぐるまわる。
なんなんだ、誰なんだ、、、
普段左耳は守られている。流れてくるのは山下達郎の優しい声だ。
今日に限って、甲高く、身体が流されるような声が聞こえた。
気がつくと、僕は病院のベッドにいた。腕からは点滴の管が伸びていて、何だか気持ちが悪くなった。
「気がついた?まったくどうしちゃったのよ、急に倒れて」
ベッドの横のパイプいすに、中年の女性が座っていた。見たこともないおばさんだ。
「どうしたのよ、そんな顔して。バイト先は連絡しといたから大丈夫だよ。あとお父さんがあとで、」
「あの、イヤホンはどこですか?赤いイヤホンです。左耳が壊れてて、」
「何で敬語?イヤホン?知らないけど、どうかしたの?」
「あの声、どこだ」僕は点滴の管をひっぺがして、病院の外へ出た。
外はどしゃぶりだった。雨を見た途端、猛烈な頭痛に襲われた。
呪文が僕に襲い掛かってくる。「メリークリスマス!ミスターローレンス!!」
始めて聞く言葉、でもどこかで聞いたことがある言葉
もがき苦しむ僕の背後からさっきのおばさんの声が聞こえる。
「ミスターローレンス!!」
これは僕に宛てられた言葉なのか?僕の名はローレンスなのか?何もわからない。
大粒の雨にうたれながら行き先もわからず僕は走った。
服はだんだん重くなり、車にはねられた泥でよごれている。そんなことも気にせず僕はどこまでも走り続けた。後ろから追いかけてくる人がいる。僕は必死に走った。
「ローレンス待ちなさい!」「ローレンス!」
誰なんだ。あなたは僕のなんなんだ。
思い出せないまま僕は車道へと飛び出した。その瞬間町は狂気であふれた。

僕はベットの上にいた。シーツはびちょびちょに濡れていた。
おばさんが僕に声をかける。「ローレンス。」

また、おばさんだ。デジャブだった。もう何万回もこの顛末を繰り返し続けているような気がした。それに、ようやく気がついた。外へ出てはダメなんだ。僕は雨でスリップしたあの巨大なトラックに引かれて、再びここへ戻ってきてしまう。何かが違うんだ。この永遠に続ループから逃れ出るために、何か、絶対に重大な何かをしなければいけない。
あのイヤホンが、必要だと思った。
「お、おお、お母さん、?」
「なに、急に。頭でも打ったんじゃないだろうね?」
「い、いや実はそうみたいなんだ。お母さんがお母さんだってことはわかるんだけど、あの、ぼ、僕のことを教えてくれないか?」
「僕の事をって言われてもねぇ、はてどうしようか?」
「僕は、倒れたんだよね?倒れた時、どこにいたかわかる?」
「場所?確かお医者のかたが言うには、空港でかばんを、」
その時、ものすごい轟音とともに爆風が病室のガラスを叩き割り、周囲は一気に熱風に見舞われ、ところどころから火の手が上がった。逃げなければいけない。ふとおばさんを見ると、もう、事切れていた。ダメなんだ。僕が自分であれを、あのイヤホンを探し出さなければいけないのだ。廊下に出るとスプリンクラーが水を噴射していて、なんとか生き延びた人々が煙を避けるように床に這いつくばって一階をめざしていた。このおぞましい光景を見て思ったことは、見たことがある、というあの感覚だった。



続く