2017年11月23日木曜日


 僕は不思議に思うんだけれど、大人ってのは天気の話がどうも好きだね。降らないか降らないかと心配して、降ったら降ったでいつ止むのかと心配して、テレビの中の気象予報士としゃべってばかりいる。だが僕はねぇ、実を言うと、天気は全部好きなんだ。だから僕は天気の話なんて滅多にしない。雨が降ったって風が吹いたって僕はさっさと動き回ったりしないんだ。いやだって失礼じゃないか!

 昔、大学の英語の授業で、イギリス人が天気の話ばかりするのは、それはイギリスがただ天気が悪いからでも、イギリス人が天気の話が好きなわけでもなんでもなく、彼らが糞味噌になって頭をひねりまわした処世術というか、優しい彼らなりの心遣いであって、であるから我々は天気の話なんて持ち出されたときには深く自分を恥じるべきだ、二度と退屈そうな顔をしないよう尽力すべきなのだ、なんてテーマでレポートを書いて、大げさに読み上げて発表までしたんだが、これはなかなか意外と評判が良かった。
「あなたにはイギリス人に通ずるユーモアがある」
なんてそのイギリス好きの老いた英語教授に褒められたのだが、どうもこうもその教授は授業が退屈で有名なお方であって、実はそのクラスには僕しか生徒がいなかったのだよ。成績はBだった。

というのも今朝方、雨が降ったろう?それで僕は母親に言われたのだよ。
「こんなに降ってるけど、本当に止むのかな?」
まずい、と思ったね。肉親に気を遣わせるほど悲しいことはないじゃないか。僕は
「強いからね、強い雨ほど早く止むものだよ」
なんて当たり前のことを言ってごまかしたが、内心ひどく傷ついたものさ。母親は僕より30年も生きているんだ。強い雨がすぐ止むことなんて知っているに決まっている!まったく、血は争えない。

案の定、晴れた。アスファルトにたまった水溜りに光がきらきら反射して、やはり雨上がりは神々しい、雨に街が洗われるとはこのことか。(僕にはこんな風流なところもあるのだよ、いいだろう?)しかし、キラキラは昼がいいね。僕の町もいたるところで木や家々が電飾に巻きつかれて、町全体が夜を待ち遠しく感じているような雰囲気を出しているが、夜はやっぱり暗いほうが美しいじゃないか。キラキラは昼に譲れ。水溜りと冬の晴れ空。完璧じゃないか。そしてこんな日は、車窓が映画のようだねぇ。あの、丸はなんだい?東戸塚から保土ヶ谷過ぎて進行方向左側、山側とでも言うべきか、あのどでかい緑の丸い建物はなんなのだ!よくみると階段がついていて、丸の直径が一番長い部分の周囲を歩いてまわれるみたいだそうだ。登りたいねぇ、いいだろう?誰もいないんだ。僕はねぇ、あそこでプロポーズがしたい。え、うるせぇ!そうだ、昼だ。昼にプロポーズして何が悪い!あのおぼつかない足場の上で、プロポーズしたい。事実、する。そうして、僕らは、捕まる。建造物侵入、危険物接触、高所登壇、いかんねぇ、僕は法学部なのに罪状の名前がちっとも覚えられなかったのだよ。とにかく何らかの罪で僕らは警察に連れられて、あの丸の上までの螺旋階段をゆっくり下りるのだよ。警官が僕らの少し先を歩き、うしろを僕らが続くのだ。
「雨で濡れてるから、気をつけなさい」
「ありがとうございます」
「にしてもいったいこんなところで何してた?」
「まぁ、デートの延長というか、少しテンション上がってしまいました」
「計画的ってわけでもないのかい?」
「はい、雨に誘われて。いや、すみません」
連れは笑いをこらえるようにして黙っているのである。電車が通ると風が吹くので、警官も僕らも一旦足を止めた。
なんてこった!教会の前のあの階段をドレスとタキシード着て仰々しく下りた記憶よりも、この申し訳無さそうな一歩一歩を、風に気を遣って、警官に気を遣って、階段を下りたこの真昼間の情けない一景を、僕らが生涯忘れずにいることは疑いがないじゃないか!!
僕らはその工場のような施設から、パトカーに乗りこむ。二台停まっている。別々に乗せられるのだ。だが行き先は同じ。二人は愛し合っているからな!!そうして真昼間の寒々しい警察署で、ぽつんと一人、なんだか嬉しそうな顔をして座っている連れに僕は聞くのだ。
「まだ答えを聞いていないんだけど」
連れはまた噴出しそうになるのをこらえながら言うのである。
「前科者とは結婚できません」
そうして警察署を出た僕らは、いや、出ない。昼のままおわり!