2016年12月24日土曜日

うれしくって抱き合うよ











好きな人に、会いに行く。










12月23日。太郎はすることがなかった。翌日の為に、何かしら準備が必要になるだろう、と思い、予定を一応空けておいたのだが、すでにひと月ほど前からその準備とやらは完璧に整っており、さて、何をしようか、と自分の無駄な早起きを恨み、ひたすらボーッと過ごしていた。できれば花子に会いたかった。だが、なぜだかそれは格好の悪いことのように思われた。前日に会えば、翌日の特別感が薄れてしまうような、そんな気がしていた。
太郎は、朝食をしっかり食べた。普段は食べない野菜も摂った。そして、ラジオ体操の真似事を始め、好きな歌を歌った。本も読んだ。久しぶりに棚からポケモンのゲーム機を取り出し、同じ棚に埋もれていた参考書で、英語の勉強を少しした。腕立て、腹筋、背筋も鍛えてみた。スクワットは、なんだか笑えた。とにかく、人間として良さそうなことを、全てやっておこうと決めたのである。布団を干す。ベランダから街を眺める。部屋の掃除。風呂の掃除。休憩。花子は、今頃、何をしているだろうか。ストレッチ。バスケットのテレビ中継。けん玉。好きな音楽を聞く。踊る。TSUTAYAに行って、CDを借りた。ついでに銀行でお金を多めに下ろし、帰りに外国人作家の本を買った。日没と同時にランニング。風呂。半身浴。みかんを食べて、早めに寝る。まるで女優さんにでもなった気分だった。









12月23日。花子は布団にもぐっていた。布団の下の、毛布の下、体を小さく丸めて、固く目をつぶっている。けれど、眠っているわけではなかった。目を閉じて、頭を真っ白にして眠ろうとし、あるいは明日の空想に耽り、会話の妄想を膨らませたりしながら、時々、今はもう昼過ぎだろうか、などと考えたりして、再び、眠りが訪れるのを待っているのだ。花子は、眠るしかなかった。いわば、眠りは、早送りである。早く、24日まで、時間をすっ飛ばしたくて、眠るのだ。寝るのが1番手っ取り早い。待ち焦がれる、思いを焦がす、なんてのは勘弁であった。切ないだかなんだか知らないが、花子にとっては、ただつらくて胸が苦しいだけの時間のように感じられた。眠って、眠って、眠り続け、一刻も早く、太郎のもとへ飛んで行くのだ。
何度目かの深い睡眠から起きると、すでに太陽が昇っていた。花子はよくわからなかった。時間を見て、日付を見て、まずい、遅刻だ、とようやく気がついた。12月24日の昼時である。まず、着替えた。いや、ついでにシャワーをぶっ浴びた。鏡の前。食べることなど忘れていた。鏡の前。ちゃんと着替える。鏡の前。家を飛び出す。走る。靴が脱げそうになる。とりあえず走る。コートが、髪が、ブワーってなる。楽しい。駅が見えてくると、不思議と笑いが止まらなかった。いかん、楽し過ぎる。笑いながら、カバンからスマホ取り出しながら、走る。早く、早く、早く着きたい。花子は、もう、楽しかった。













12月24日。達也は、バイトしていた。数学を教えたり、生徒の進路を真剣に悩んだりして、花子のことはなるべく考えないようにしていた。


















12月24日。男は、達也の横で、ニヤニヤしながらキーボードを叩いている。