2016年12月11日日曜日

SHINOBI




   一

俺は、忍者だ。
昼間の俺は、本当の俺ではなく、仮の姿の俺だ。
俺は、静かに動く。音を立てない。俺が、教室内のゴミ箱を拾う時、俺の姿に気づいているか?きっと見えていないことだろう。なぜなら、俺は、忍者だ。小さい時から、忍者として育てられ、三重県伊賀の里より、わざわざ、忍者不足の横浜に、ひっそりと送られ、血のつながらないくのいちの先輩と、世間の目を欺くために、親子として過ごしてきた。
俺の本当の母は、忍者ではない。正確に言えば、忍者にはなれなかった。忍者の家に生まれたので、俺と同様、厳しい修練に明け暮れるくのいちであったが、それでも、忍者としては一人前になることができず、ある日突然、秘術により、こっそりと記憶を抹消され、どこか遠くの島で、のんびりと暮らしている。と、少なくとも俺は聞かされている。母は、俺を生んだことを、覚えてはいない。

   二

俺は、忍者だ。
母がいないことなど、気にしてはいられない。忍者とは、耐え忍ぶ者のことである。俺は、如何なることがあろうと、耐える。
俺の革靴は、15キロ。ジャケットは、30キロ。カバンは、50キロだ。俺は、この重量を背負って、この校舎まで、走って通う。俺がどこから通っているのか、それは唇を焼かれても明かすわけにはいかないのだが、だいたいフルマラソンくらいの距離を、20分くらいで、静かに走っている。汗は、かかない。なぜなら、俺は、忍者だ。汗を忍ぶことができず、母は記憶をこっそり消された。俺は、母とは違う。プロの忍者として、体外に発する気体の総量は、完全に計算し、支配しなければならない。忍者は、化学だってできる。俺は、学校とやらへは行ったことはないが、自らの学力というものに対する自負は、ある程度心得ているつもりである。
忍者は、もちろん秀才だ。